食の本質に至るためのワークショップ
第一部
・食を変えると人生が変わる
・私の経験から浮かび上がる現代の食の恐ろしさ
・和食を通して考える食の本質? 和食のいい点悪い点
・食材の選び方 野菜・肉・玄米・雄性不稔の問題
・質問
和食とは
和食とは何か。和食とは、大きく分けて2つの要素からから考えるとわかりやすいです。ひとつは、素材を感じることを大切にするということ、きゅうりをみそや塩で食べるとか、枝豆やトウモロコシは茹でたり焼いたりして軽く塩をしてそのまま、刺身など。そういったなるだけ素材そのまま、もしくはなるべく手をかけず、素材に近い形で食べることを大切にする食文化は日本人の味覚を素晴らしいものにしています。食の基本は素材を感じることであり、だからこそ素材の良し悪しにこだわることが大切なのです。
これに比べ、日本以外の食文化は、素材をどう加工するかに重点を置くものが多いような気がします。例えばインドはとにかくスパイスを多用しますし、中国は何でも油まみれにします。つまりやればやるほど、素材から離れるということです。これが悪いのかというと、食とはまず第一に命をつなぐことですから、味云々なんて言っていられないことだってある訳です。食は身近に存在するものを食べることが基本ですから、スパイスがたくさん存在する環境で生活していたら、それを食べるというのは当たり前のことですから、それを否定している訳ではありません。しかもインドなど過酷な環境で命をつないでいくわけですから、ある意味スパイスとは薬という意味合いもありますから、薬と一緒に食事をするという必然性があると思います。ただ、どうしても素材から離れてしまう場合が多いことも否めません。
日本は水に恵まれているというのも素材そのものを感じる食文化が育った大きな要因です。刺身などはその最たるもので、綺麗な水がないと刺身という食文化は存在し得ません。
はっきりとした四季があり、季節感を大切にした生活を送り、豊かな水が存在し、さらに先人たちが努力してくださったといういくつもの要因が重なり、私達はこの素晴らしい食文化の恩恵を受け取れるということができます。
そしてもう一つは、和食はお米を基本に成り立っているということ。つまり、お米に合うというかお米を美味しく食べるように設計されてるということができます。これにはお米が原料の日本酒も含まれます。つまり、日本酒をおいしく飲めるあてということです。
日本人は他国に比べ、塩分消費量が多いと言われています。それはなぜかおわかりでしょうか。ごはんを美味しく食べるもしくは日本酒を美味しく飲むためには、どうしても塩の存在が欠かせませんから、当然塩分を多めに摂ってしまいがちなのです。
日本人が受け入れた外国の料理についても同じことが言えます。例えば中国料理はコッテリしていて、ご飯が進みます。あとは日本人が好きなものと言えば、カレーですね。これもご飯が進む代表選手です。
さらに言えば、イタリア料理も同じことが言えます。ただ、イタリア料理はご飯もありますが、パスタやピザが中心ですから小麦ですね。しかし小麦も穀物であり、穀物好きの日本人との親和性は高いことでしょう。いかに日本人はお米や麦など穀物を大切に考えているのか理解していただけるのではないでしょうか。
このことからも和食の欠点も見えてきます。ひとつはどうしても塩分を摂り過ぎてしまうということ。そしてもう一つは、穀物を大切にしてしまうがために、糖質過多に陥りやすいということです。
素材選びの方法
野菜や穀物はできるだけ自然栽培・有機・無農薬等できるだけ自然な方法で生産されたものを選びましょう。そのような野菜が本物なのかいいものなのかといえばそうともいえません。この辺はとてもやっかいなのですが、表示はひとつの基準ではありますが、だからといっていいものなのかと言えばそうとも言えないこともあるのです。私は表示をひとつの目安にして、あとはしっかり味わってみるようにします。つまり表示が良くとも、美味しくなければダメということです。ただ、初めはわからないこともあるでしょうから、とにかく自然栽培・有機・無農薬・農薬不使用等の表示を参考にすれば、いいものに当たる確率は高まります。そのうえで、いろいろな生産者のものを食べながら、あなたがしみじみ美味しいと感じるものを追いかけていけばいいのです。
もうひとつ、種のこのにも注意を払いましょう。現代の種の多くは、不自然な技術を使って生産されています。F1(一代交配種)という言葉を聞いたことがある方も多いことでしょう。
特にF1の中でも、雄性不稔技術を使っているものには注意してください。これは、奇形の植物を使って生産されたものです。(「タネが危ない」野口勲著を参照ください)
自然な農法をされている生産者の中にも雄性不稔の種を使っている方が多くおります。
自家採種や固定種・在来種にこだわった農法をされている方は、美味しいものが多いですので、お探しになってみてはいかがでしょうか。
動物性の食材は、2つのことに注意して選びます。一つはどのような餌を食べているのか。
例えば牛は草食動物です。お肉が霜降りになるからといって穀物を食べている牛肉は避けるべきです。乳牛の餌も穀物が多く使われています。本来その動物が食べるべきものを食べているのか、そしてその餌は自然なものなのかに留意しましょう。
そしてもう一つはどんな環境でその動物が生活しているのかも大切です。できるだけ放し飼い等ストレスの少ない環境のものを選ぶといいと思います。
うちの餃子に使う豚肉は、スペインのイベリコ豚のベジョータです。ベジョータとはどんぐりという意味で、放し飼いで育てられ、森のどんぐりをたくさん食べて育ちます。うちにもストックがありますので、ご入用ならお声掛けください。
もし手に入るならば、森のイノシシは野生ですから、イベリコ豚よりも自然といえるでしょう。
卵は大切です。ほとんどの卵は檻に入れられ、外国からくる遺伝子組み換えで農薬を使った不自然な餌を食べ、さらに24時間明かるい中で卵を産むことを強要されます。
ちなみに、うちの卵は自然の中に放し飼いされて、牧草や自然の中にいる虫などをたくさん食べる鶏が産んだ卵です。少々高いですが、お分けできますので、お声掛けください。
醤油は弓削田の国産有機原材料の有機醤油、みそは同じく国産有機原料のオーサワの米みそと豆みそ、ごま油は小野田製油の玉締め絞りを使っています。醤油と油はうちでお分けしています。油はとても大切です。焼くときの油はごま油でなくともかまいませんが、圧搾法の油をお使いください。玉締め絞りとか圧搾とか一番搾り等の表示のあるものです。ちなみに、かどやのゴマ油は圧搾ではありません。圧抽法といって、圧搾した油と絞り粕をヘキサン等石油由来のもので溶かして再度絞ったものをブレンドしたものです。
餃子テキスト
このワークショップの目的はあなたに最高の美味しさを味わっていただくことです。最高の美味しさとは何か、それは本物の美味しさということができます。本物の美味しさとは、とっても美味しいことはもちろんですが、あなたがそれを受け取れる状態ではじめて、感じることはできるものなのです。
たとえば、映画で登場人物が過去に起きた有名な事件の話をしていたとして、当然その事ことをみんなが知っているという前提で話は進みます。あなたは言葉は理解できるけれども、その事件のことをまったく知らないとしたら、伏線回収の時に、頭の中が???となるでしょう。
それと同じで、最高の美味しさは、感じ取れるだけの状態になってはじめて、しっかり受け取ことができます。
本来は、味覚は生まれながらに備わっている原初的な感覚ですから、例外はあるにしても、どんな人にでもしっかり備わっているはずです。しかし、ご存知の通り、現代は農薬・化学肥料・添加物・遺伝子組み換え技術など、味覚や体を汚す可能性が高いものを使って産み出されるものがたくさんあります。普通に生活をしていたら、それらは知る知らざるに関わらず、私たちはそのようなものを食べることになり、その結果食べていいものいけないものを選択するという味覚本来の機能を失ってしまうのです。つまり何が私たちを害しまたは守るのかがわからなくなってしまうということです。
ですから、最高の美味しさを感じるようになるということは、あなたの健康を守り育むことと同義です。
100年以上前であれば、すべての食べ物が自然で、私たちを育んでくれるものばかりだったのでしょうが、現代ではあなたの命を育み守れるものはほんの一部しか存在しないと言えます。
ここでこう考える方がいるかもしれません。国が安全だと決めた基準なんだから、大丈夫じゃないのかと。それも一理あります。そして、それについては、それぞれの農薬や添加物について、私がひとつひとつしっかり把握しているのかといえば、そんなことはありません。
しかし、そのようなものからできるだけ離れた食生活をすると、誰もがほとんど同じような変化をたどって、味覚が復活するのです。このことからもあなたの命を守るために、現代の食の本当の姿を知るべきだと日々感じています。(詳しくは拙著「味覚革命」を参照ください)
そして、大きく変化した時点から、今までの食生活を見ると、現代の食はとても恐ろしい危険性を孕んでいることがあなたの体験として感じることができます。
脅かしたくはないのですが、私の周りの人の経験を2例お伝えしたいと思います。一人は私の友人の息子さんなのですが、その方は一時期コンビニでアルバイトをしていました。それまではお母さんが作ってくれた食事を食べていたのですが、余った弁当がもったいないということで、バイトのたびにお弁当をいくつかもらってきていたそうです。しばらくして、顔に湿疹のようなものができはじめ、それでも続けていたら、しまいには、湿疹だらけになり、さらに顔全体が膨れ上がってしまい、すれ違ってもその人だとわからないくらいの人相になってしまったのです。
そしてこれ以上バイトを続けられなくなり、またお母さんが作る通常の食事に戻ると、しばらくして、治ったそうです。
もう一例は私の息子です。2か月くらい泊りがけで仕事に出かけた際に、どうしても時々コンビニ弁当を食べる必要があったそうです。帰ってきたら、顔に湿疹がたくさんできてしまい、本人も気にしていました。人相が変わるほどのことではありませんでしたが、普段からいいものを食べていたということもあり、世の中の食べ物事情を肌で感じたようでした。
そして私はあなたにも味覚と体で何がいいのか悪いのかをしっかり感じ取れるようになっていただきたいのです。
難しく考える必要はありません。このテキストの中であなたができそうなことがあれば、それを少し意識しながら、より美味しいものを追いかけていただければいいだけです。それだけで、あとは自動的に食の本質に向かって進みだします。
そうすれば、私や周りの人たちがそうだったように「あれ!おかしいぞ」と感じるときがやってきます。具体的には、今まで普通に食べていたものを塩辛く感じたり、食後に体が不快になったりするのですが、そうなったら食の本質に向かう電車に乗ったようなものですから、あとは降りさえしなければ、どんどん進んでいけます。
といっても、餃子を皮から作るワークショップに来るあなたは食材にも気を使っており、食に対する認識も高いことでしょう。ですからもし次のような状態であれば、このテキストはまったく必要ありません。
・外食をすると多くのお店の味を濃く感じたり、食後に気分が悪くなることがある。
・水道水の匂いが気になって飲めない。
・化学調味料の味が苦手だ。
・柔軟剤や洗剤の香料が気になる。
このような状態であれば、たぶんあなたは相当食材に気を使って、ちゃんとしたものを食べているはずですから、そのままの食事を進めていけばいいはずです。もちろんさらに食をいいものにしたいということであれば、できることはありますので、ご一報ください。
このワークショップでお教えする餃子は、たぶん今まで出会ったことのないくらいに唯一無二のもののはずです。なぜなら中国系の飲食店ではほとんど使われることのないような、本当の意味で質のいい材料を使うことをお勧めしていますし、さらにより美味しくするために発酵を取り入れるなど数々の工夫をしているからです。
皮から作る餃子ですから、手間がかかります。(フードプロセッサーやパスタマシンを使うなど、できるだけ手間を省く工夫をしています)しかし、その手間を乗り越えてでも年中食べたいと思えるような餃子をあなたにお伝えします。
味覚を体を変えていくための具体的な実践として、まず次の3つのことをやってみてください。
ひとつめは本物の食材を選ぶこと、本物とはかなり抽象的ですが、自然で元気でその素材本来の味わいが強い食材ということができます。
うちではみかんジュースを出しています。和歌山の無農薬有機栽培のものを低温圧搾機で絞り、さらに生の状態がより美味しいので、専用の冷凍庫で保存するのですが、これが目が醒めるくらいの味わいです。甘いことはもちろんですが、酸味がしっかりあって、元気なみかんだというのがわかります。冬になるとそのみかんをご希望のお客様にお分けしていますが、他からいただいたみかんが減らないで困るなんていうクレームをいただくほどです。
そのような食材の吟味を繰り返し、味わいながら、美味しくて生命力が強いと思えるような食材を選ぶように心掛けてみてください。食べるという行為はお腹が膨れればいいものではありません。食材のパワーをいただく行為です。ですからパワーのない、もしくは弱い、さらにあなたに害を及ぼす成分が含まれているのなら、あなたがより元気で健康になることはありませんし、さらにそれが原因で病んでしまうことさえありえます。
2つめはしっかりとした技術を身に着けることです。それには繰り返しやってみること。まずは回数をこなして作業に慣れてください。失敗は当然つきものです。
そして工夫することも大切です。たとえば、こんな材料を入れたらどうかとか、これを抜いてみようとか、工程をこうしてみようとかいろいろやっていく中で多くのことがつかめてきます。
一口に料理といいますが、普通はごはんやおかずを作ることを料理というのでしょうが、それはレシピや手順であって料理ではありません。料理とは理(ことわり)を料(はか)ると書きますが、たとえば、いつもより硬いから、長めに火を入れるとか、アクが強めだから、しっかりアク抜きするとか、逆にアクを活かすようにするとか、素材を活かすためにどういった加工がいいかを考えて調理するとか、食べる人のことを考え、例えば胃腸が疲れているようだから、柔らかくまたは刺激の少ないものにするとか、味覚を育てるためにほんの少し薄味にするとか、自然でいい食材を使うとか、いつも柔らかいものばかり食べてて、しっかりした歯や内臓を作るために、ときには硬いものを食べるようにするとかいうことを料ることこそ料理です。その工夫や気遣いこそが大切なのです。
3つめは薄味を心がけることです。薄味はあなたがおいしいと思えるくらいの薄味でかまいません。本物の食材を食べながらほんの少しの薄味を心がけていけば、例外なく薄味方向に変化します。そうすることによって、あなたの味覚は微細にそして敏感になり、より素材の味わいを感じやすくなるので、素晴らしい食べ物をより美味しいと感じるようになります。
まずはお伝えしたレシピをそのままやっていただいてもかまいませんが、人それぞれ好みもあれば食に対する考え方の違いもあります。肉が少なめや無しがいいとか、その逆もあります。味も濃い薄いの好みの違いがありますので、自然で素晴らしい食材であることを前提として、自分が美味しいと思える食材を使ったり、ほんの少しの薄味を意識しながら味付けもどんどん変えてみてください。そして、味覚はいいものを食べ続けるとどんどん変化していきます。その変化にともなって、あなたがおいしいと感じる味わいも変わるので、それに合わせて、レシピを変えていってください。
カゼトソラのワークショップでは食における「本物の追求」をテーマにしています。本物とは言い方を変えれば本質とも言えます。食の本質とは、まず第一に食べものがあなたの日々の活動に必要な栄養となり、より健康をもたらし、そして素材の豊かな味わいを感じることを通して食の奥深い世界に到達することではないでしょうか。つまりあなたの人生をより豊かにするような食の在りようだと私は考えています。
あなたの人生を豊かにするなんて大げさに聞こえるかもしれませんが、このテキストやワークショップで学んだことを実践していただければ、いろいろな体験をしながら、食の本質に迫ることができます。
私はこの実践によって、食のみならず、あらゆることが大きく変わってしまいました。なぜなら食においての本物・本質の追求が、食以外の分野にも大きく影響するようになってしまったからです。
気が付けば、絵画や音楽などアートの分野や木工・陶芸・建築、はたまた教育・歴史などなど興味を持ったあらゆる分野においても本物・本質の追求が癖になっていました。(あくまでも追求しようとしているだけで、その分野の深みに到達できているかどうかは別問題です)言い方を変えれば自分の人生をできるだけ本物で満たしたいという欲求が高まりました。
いいものに接していると、本物を見分ける目が育ちます。それはどんなことでも同じで、食もアートもどんな分野においても、いいもの・素晴らしいものこそ、人生を豊かにしてくれると感じるようになりました。
質のいいものが本物なんだと一言でいうと簡単ですが、何を基準にすればいいのでしょうか。私は食で言えば、その食材が自然であること・元気や健康をもたらしてくれること・素材そのものの味わいがしっかりしていること、そしてそれをあなたが美味しいと感じるかが大切です。
そしてこれらの食の本質に到達するための3つのポイントが揃ったものは、驚くくらいの美味しさがあります。味が強く濃いものを食べて「美味(うま)い!」というのではなく、「んー、しみじみ美味しいなー」というような美味しさです。
ただしその美味しさを感じるためには、初めに申し上げたとおり、それを感じるだけの味覚を持つ必要があります。
もしあなたがしみじみとした美味しさではなく「美味い!」ものに心奪われているのなら、あなたの味覚は鈍っています。さらにある一部の食べ物の中毒になっている可能性もあるかもしれません。それは刺激による美味しさに心が向いているからです。乱暴な分け方ですが、美味しさには2種類あります。一つは刺激による美味しさ。たとえば強い砂糖の甘さや化学調味料・コッテリラーメンなどはその代表例でしょう。
もう一つはあなたの体を慈しんでくれるものに対して感じる美味しさです。素材の良さを察知して感じる美味しさと言うことができます。
あなたが刺激による美味しさに心が向かっている場合は、化学調味料や砂糖・塩・油脂等の強い味わいに魅力を感じているのではないでしょうか。
そんな場合は味覚のデトックス(毒抜き)が必要です。例えるなら、黒いキャンバスを持っているということができます。黒いキャンパスに黒い絵具で絵や字を書いても何が描かれているのかわかりません。まずはキャンバスを白に近づける必要があります。味覚と体がいい状態になっていれば、いいものをいいと感じ、悪いものを食べれば、強い不快感を覚えるようになります。
頻繁にお酒を飲んでいた人が、しばらく禁酒をして、久しぶりにお酒を飲むと、酔いが回るのが早いですが、味覚もまったく同じで、刺激の強い濃い味わいのものに頻繁に接していると感覚が麻痺してしまい、味覚が鈍感になり微細な味わいを感じにくくなります。
つまり体に負担のあるものを食べてもわからないということです。しかし、それを長い間続けていくと、あるとき破滅的な状況がやってこないとも限りません。
そして黒いキャンバスを白くすれば、味覚は研ぎ澄まされ、しみじみとした美味しさに心が向かいます。そういう意味では食べることには訓練が必要とも言えます。美味しいと一口に言いますが、食べる人によって、その食べ物の本質や深みを理解できる度合いは違うのです。
このような食の経験を積み重ねることによってあなたの味覚は本来の力を取り戻し、何が本物で何がニセモノかが理解できるようになり、さらに味覚だけではなく体がいいもの悪いものを見分けられるフィルターになっていきます。
ただし、食というのは若干やっかいな性質があり、小さい時に食べたものに対していい悪いに関わらずそういったものを良しとする、つまり美味しいと感じてしまいます。それは当たり前のことで、生まれて以降、私たちの周りに存在する食べ物は、親が食べていいと許可を出したものです。それを私たちは、安心で安全で食べてもいいものだと理解します。そしてそういった食べ物がいい悪いに関わらず、そのまま私たちの食の原点、つまり味覚のふるさとになってしまうのです。私も例に漏れず、小さいときはあらゆるものを食べました。特に私の場合駄菓子屋さんの常連でしたので、ラーメンスナックやどぎつい色のお菓子をよく食べていました。
実は今でも懐かしくて食べることがあります。その瞬間は昔の思い出に浸ることができ、美味いんです。ただ後が大変、舌がヒリヒリして、食べた後は体が不快だと訴えてきま
す。
そんなことで、これまで体にとってあまりいいとは言えないものをたくさん食べ続け、その蓄積が多い人は、味覚の改善に少し時間がかかるかもしれません。逆に伸びしろが大きいともいえ、ビックリするくらい大きく変化します。本質的に体は健康で長生きしたいという性質を持っています。その力を信じて一歩一歩進んでください。そういう意味でも、本質的な食育がとても重要であることを理解していただけると思います。
私の友人の何人かに、素晴らしい味覚を持っている人がいます。自分の畑を持ち、無農薬で
野菜を育て、そんな材料の食事を長年積み重ねてきた結果、薄味が心地よくなった人たちです。
その中に食べることが大好きで、時々上京して、食べ歩く人がいるのですが、もちろん全部ではありませんが、高評価の有名店でも、ケチョンケチョンです。
例えば洋菓子であれば、甘過ぎるものが多く、たとえ甘過ぎでなくとも、食べると気持ちが悪くなると言います。それと反対に、それほど有名店でなくとも、素材に気を使うお店のものは、美味しいものが多くて、体の負担がない、もしくは少ないと言います。
これは、もちろん私もそうですし、味覚を変えたすべての人がほぼ同じ感じ方になるのですが、有名店のものは、飾り付けや発想・技術が素晴らしいのは理解できるのですが、私は食後感と申していますが、どうしても食べたあとに、体が重たくなります。
これはかなり皮肉っぽい言い方ですが、一流の技術を持った職人さんが普通の素材で作ったものよりも、有名店ではないかもしれない職人さんが作った素晴らしい素材の料理を食べたい、というよりも私たちにとってはこちらの方が一流と言えます。
このことからもどんな人が本質的に味覚がいいのか、そして、どうのようなものを食べると味覚を磨いていけるのかがお分かりいただけるかと思います。
必ずしも、自然志向の農業をしていないといけないという訳ではありませんが、やはり、有利であることは確かです。それはある意味当たり前です。自分で農業をやっている人は、採れたてを食べることができますし、しかも種類も豊富な場合が多いものです。
もちろんそんな方たちと同等の食事をすれば、あなたも同じ味覚になります。
また過激なことを申して、お叱りを受けると思いますが、それじゃ、毎日のように一流の店で美味しいものを食べている人はどうかというと、お分かりのように、まったく逆です。一部、本物のグルメの方もいらっしゃいますが、ほとんどはどうしても濃い味のものを食べることの蓄積が多くなり、味覚が荒れてしまいます。
私の感覚をいえば、あまりにも食べることが好きで、年中飲食店に行き、美味しいものを追っかけている人よりも、季節ごとの美味しいものを食べることを基本として、美味しいお店もたまにはいくけれども、普段の食生活を大切にしている人の方が、ずっといい味覚をお持ちだなって気がします。
私は中国のお料理が大好きです。たまにコッテリしたものが食べたくなりますよね。しかし安心して食べることができ、さらに最高に美味しいと感じるお店に出会ったことはありません。なぜなら、多くの場合化学調味料を多用し、味付けが濃く、さらに油の問題があります。販売されている油の多くは、抽出法といって石油製品を使う不自然な方法で作られたもので、胸やけの多くはこれが主な原因ではないかと私は考えています。
さらに自然栽培有機栽培無農薬等、自然な食材などといったら、そのような中国料理のお店はこの世に存在するのでしょうか。探せばあるのかもしれませんが、出会うことは至難の業でしょう。
これは中国料理のみならず、あらゆるジャンルにも言えることです。
どうかいい食材を選び、最高の素材をそのまま、もしくはそんな素材で作ったお料理を味わってください。
それによって、本質的なおいしさをあなたの味覚とそして体が憶え、それを欲するように少しずつ変化していきます。
本物の食材は私たちを食の本質の世界に導き、さらに私たちを救ってくれます。
もし体が何かしらの重篤な状態であったのなら、一歩一歩などと悠長なことは言っていられないでしょう。(ただし私はお医者さんじゃないので、治療はすることはできません)食べ物のことなら相談を受けていますし、短期間で味覚と体を大きく変える食材の提供を含むプログラムもあります。
美味しさを十分に堪能しながら、味覚と体を変えていく方法で、お薦めの飲食店や、その活用方法もお教えします。
食のプロアマ関係なく食のコーチング・食材のアドバイスや飲食店プロデュース・コンサルタントもしています。
ただし、食のプロは私の味覚改善法の実践はあまりお勧めしません。なぜかと言えば、もしプロが味覚を本質的に変えてしまったなら、「これまでなんて恐ろしいものを多くのお客様に食べさせてしまったんだろう」という罪悪感に襲われることになるかもしれないからです。でもこれから本物の食材を使いいいものを食べてもらいたいという思いがあるのなら、ぜひおしゃべりしましょう。
これから食の世界に飛び込んでみたい方、食において何か面白いことをやってみたい方、経験の有無に関わらず、どんどん連絡ください。特に若い方でこれからプロを目指す方は無料で相談を受け付けています。そんな方に一言アドバイスをするとすれば、食の修業において一番大切なことは、食べることです。まずは本物は何かということを知り、それを見分ける力を付けることです。食の現場ではたいてい賄が付きますが、それが、本物の材料を使っているかどうかが分かれ道です。さらに親方が味覚が優れていること、この2つを見極めて、修業される店を探してみたらいいかと思います。
本物の食を、そして面白いお店を増やしていきましょう。
今回のワークショップは出張でもやっていますので、ご相談ください。
わからないことや納得できないことがあれば、ワークショップの途中や終わってからでもかまいませんので、何でも質問してください。食に関することであればどんな意地悪な質問でも大歓迎です。食は文化であり歴史的思想的宗教的な分野にも関わってくるジャンルですので、あなたの食に対する考え方と違うことがあるはずですから、何でも私にぶつけてきてください。私もこのワークショップを通して食に対する学びを深めたいと思っていますので、一緒に成長していきましょう。