今回、カゼトソララーメンラボとして、薄味のラーメンをみなさまに提供したいと考えています。
下記の文章は、クラウドファンディング用の文章として書いたものですが、長すぎるということで、このままでは採用されそうにないので、HP上で掲載いたします。何かのお役にたてれば幸いです。

                                  カゼトソララーメンラボ 店主



はじめに
私は薄味が広がって欲しいと願っています。それは、世の中に存在する多くの食べ物・食品が塩砂糖などの味付けの濃いものが多いと感じており、濃い味が人々の健康を害する一因ではないかと日々実感しているからです。
蕎麦の修業の後、飲食店を始め、食材を見直したのをきっかけに、私の味覚、そして体は劇的に変化しました。その結果濃い味を続けていたのでは体がどうにかなってしまうのではないかという思いに至りました。味覚が変化した後、以前普通に食べていたものが、あまりの味の濃さに驚き、体調が悪くなることさえありました。
薄味をいろいろな食のジャンルでやってみたいという思いがあり、まずはその第一弾として、10数年前から試作を重ねてきた薄味のラーメンを食べていただきたいと考えています。味覚が変化した私が作るラーメンが、どのように受け取っていただけるのかを知ることによって、これからどう進んでいけばいいのかを知りたいと思ったからです。そして、どういった形かはわかりませんが、薄味の飲食店を増やしたいと考えています。
下記にとても長い文章を載せました。味覚や食においての私の体験談や、その結果至った思い、さらにどういった食事をすれば味覚を磨くことができるのかを記しました。少し時間がかかりますが是非目を通してみてください。きっとあなたの人生に役立つはずです。

味覚の原体験
私は昭和30年代の生まれです。日本が敗戦後、豊かさに向かって走り出してからしばらく経ち、街の風景がどんどん変わりつつあった頃です。古い木造の家がまだたくさん残っており、骨董好きの私にとっては夢のような世界でした。街には小さなせんべい屋さんや惣菜屋さん・駄菓子屋さんがたくさんあり、毎日のように10円玉をポケットに入れて出かけたものです。
獲れたばかりの新鮮な魚を自転車で売りに来たり、昔ながらの方法で栽培した新鮮な農作物を、おばあちゃんがリヤカーを引いて売り歩く光景が当たり前の時代でした。私の母はそんな食材を毎日のように買って食べさせてくれました。
そして父はよく海や山に出かけては、山菜や魚介類など自然の恵みを採取してきました。そのままや茹でる焼くというシンプルな調理法のものが中心で、一番のごちそうでした。特に山菜は我が家の一大イベントで、タラの芽・山うど・こごみ・わらび・しとき(もみじがさ)といった山の幸が、お浸し・天ぷら・味噌汁となって食卓を彩り、春の新芽の味わいに舌鼓を打ったものです。自然そのままの味わいを子どもの頃からたくさん経験することができ、素晴らしい食の原点を持つことができたことは幸運でした。
蕎麦の修業を経て、店を持つことになり、小さな頃に私が感動したものをお客様にも食べていただきたいと考え、いい食材を探し求めました。

本物が健康に導く
いい食材とは、個性や元気さが味わいとなって表れるような、例えば天然の山菜のように自生・野生のものや、自然な方法で栽培・生産されたものです。誤解を恐れずにいえば、「本物」という言葉があてはまるのかもしれません。はじめは少しずつ進めていましたが、だんだんと拍車がかかり、気が付くとほとんどの食材が、自然なものに変わっていきました。野菜でいえば無農薬やオーガニックを基本として、肥料を施さない自然栽培のものや、耕さない農法(不耕起栽培)、さらに自家採種(自分で種取りをする)や固定種(その土地に根付いた昔ながらの品種)といった種についてもこだわりを持つようになっていきました。さらに、牧草地で放し飼いにされ、草などをついばむ鶏の卵、国産有機栽培原料から作られた味噌醤油など、味わいを感じながら吟味を重ねていきました。健康のためという思いもないとは言えませんでしたが、何よりもより深いおいしさを求めていくうちに、より強い生命力を持つ食材になり、味覚の世界に引き込まれていきました。それによって、確実に何かが変化しているという実感がありました。


衝撃的な体験
時々行く店で食事をしたある日のことでした。会計を済ませて外に出ようとしたその時、今まで感じたことのない強い違和感が襲ってきたのです。表現は難しいのですが、不快感と重たさが一緒になったような感覚で、それは数時間続きました。しかし、それ以上悪化することもなく、一晩休むと元の体調に戻ったので安心していたのですが、それからというもの、外で食事をする何回かに一回は同じような症状に襲われます。何かの病気ではないかと思ったほどです。
はじめは心配をかけまいと妻にはだまっていたのですが、定期的に起こることもあり、このことを話してみました。そうしたところ、何と妻も同じような違和感を感じ始めていたではありませんか。はじめは何が原因なのか、見当も付きませんでしたが、体が何かの食材に反応しているのではないかという考えが頭をよぎりました。というのも、その少し前から、それまでおいしく感じていた塩加減が塩辛く感じたり、一部の野菜に対しておいしく感じないことがあったりと、味覚の変化が起き出していたからです。
それからは、何に反応しているのかを探り当てようと心がけながら食事をしました。結論をいえば、強い違和感の原因は過剰な塩分や一部の油だったのですが、特に不自然な方法で搾られ、しかもたくさん油を使う料理は体にこたえました。さらに化学調味料の味も不快に感じるようになっていきました。塩分に対してはこの後も、敏感になり続け、どんどん薄味が心地よくなり、その後もさらなる味覚や体の変化を重ねていきました。
私はこの時の経験を「味覚革命」という本にまとめました。それは、この時の経験が私にとって激しいものであり、その結果、私たちが当たり前に食べているものが、実は恐ろしい危険を孕んでいるという確信に至ったからです。手前みそで恐縮ですが、味覚や健康にとって劇的と言ってもいい変化をもたらす内容になりました。実践された方からは、大きな変化を経験したとの感想を多数いただきました。
※私のHP(カゼトソラで検索してください)で一章のみ無料で公開しておりますので興味がある方は是非お読みください。(トップページの下から読めるようになってます)
当然のことですが、体は食べたものでできています。食べるものの質と体の質は密接に関わっています。糖尿病や高血圧は食べ物が大きく関わっている場合が多いことは皆さんもご存知だと思います。
味覚が変化したことによって、これまで普通に口にしていたものが、体にとって大きな負担になっていたんではないかと確信するようになりました。

私たちは濃い味に囲まれている
その中でも大きかったのは、今私たちが手軽に手に入れることができる食品や食事は、塩分・糖分・化学調味料等、味付けの濃いものが多いということです。なぜ濃い味付けのものが多いかについて、私が考える原因をいくつかあげてみたいと思います。          
その前提となるのがもともと日本人は塩分過多だという事実です。日本人は諸外国に比べて塩分の消費量が多めです。醤油がとても美味しい調味料なので、ついつい多用してしまうことや、味噌汁や漬物を食べる習慣があることなどが挙げられると思います。さらに日本人はお米の味わいを大切にしますので、お米をおいしく食べることができる塩辛いおかずの多用が塩分過多の原因になっているのではないでしょうか。
次に濃い味の原因として素材本来の味わいが劣ってしまったことがあるのではないかと思われます。
私たちは大量生産・大量消費の真っ只中にいます。経済活動においては効率が求められます。食べ物も例外ではありません。効率的に作物を作るために農薬や化学肥料を使います。便利な反面、味に影響する場合が多いのです。味わいが劣ると、それを味付けでごまかすことにつながりやすく、濃い味付けになってしまうのです。
次に敗戦後、外国の食文化が一気に流入したこともひとつでしょう。もともと塩分過多なところに、いままで日常的に食べる習慣のなかった肉・スイーツ類・乳製品・スパイスや油脂を多く使う料理など、世界中の刺激の強い食べ物が一気に入ってきました。これによって私たちは味覚の敏感さをどんどん失う方向に向かっています。
ただし、これらの料理をやめるべきだとは私は考えていません。フランス・イタリア・中華・インド料理等世界中のどんな料理も、素晴らしい食文化には違いありません。しかし、素材の味わいや季節感を大切にし、味覚を育てるという考え方を重んじる和食という食文化を忘れ、強い味や刺激を全面的に受け入れることには、賛成できません。
私はこれら刺激の強い料理を食べる時は、食べる量や回数に気を付けながら、なるべくやさしい味わいのものを作る、または選ぶようにしています。過剰な辛さや味付けの濃さを売りにする料理がありますが、味覚にとっては決していいことはありません。
子供は強い辛さのものをいやがる場合が多いと思いますが、それは味覚が敏感だからです。辛い物などは慣れによって舌の感覚が麻痺しているから食べることができるのです。

化学調味料の問題
最後に化学調味料です。私が子どもの頃には食卓の必需品でした。卵かけご飯に一振りするとおいしかったのを憶えています。おにぎりや漬物・お菓子をはじめ、ありとあらゆるものに入っているといっても過言ではありません。食品の原材料表示にアミノ酸等とあるのがそれです。
一時期チャイニーズレストランシンドローム(中華料理店症候群)などといわれ問題になりました。アミノ酸ですから、栄養的にも大切なものですが、私はその味に問題があると考えています。
食べるという行為は、食材本来の味わいを感じることが大切なはずです。味覚は口にした物を体に入れていいのか悪いのかを判断するための感覚です。食べ物を口にして腐ってると感じたら吐き出すはずです。風味が劣る食べ物を、化学調味料という魔法の粉がおいしくしてしまうのなら、食べていいのか悪いのかの判断を鈍らせることになります。
味覚は、これから体に入れるものが、体にとっていいのか悪いのかを判断する大切な感覚のはずです。その感覚を無視して、刺激によるおいしさを加えることによってどんなものでも口に入れてしまうことに私は反対です。

味覚を磨いてみませんか
私の考える味覚を磨くとは弱い刺激でもそれを察知し感じることができるようになり、さらに味付けによる刺激に比べれば淡いかもしれないけれど、素材の持つ深い味わいに魅力を感じ、心が向くようになることだと考えています。
たとえば、大きな音は聴覚に、強い光は視覚に問題を生じさせる場合がありますが、味覚も同じです。強い刺激はなるべく避けて、素材の個性をしっかり感じることができる素晴らしい食べ物を、そのまま、または薄い味付けで食べることを重ねれば味覚は敏感になり、磨かれていきます。
何らかの味覚の障害がある場合は別でしょうが、早ければ1ヶ月程度で、今まで食べていた味付けが濃く感じるようになり、さらに進めていけば、素材が持つ豊かな味わいを感じることにどんどん心が向かっていきます。数か月もすると、驚く程の大きな変化を経験することになります。

2つのおいしさ
大雑把な分け方ですが、私はおいしさには2つあると考えています。それは体にとって必要であり有益なものに対して感じるおいしさと、刺激によるおいしさです。前者は素材が本来持つ深い味わいからくるものであり、後者は調味料などの味付けによって感じるおいしさです。なぜ大雑把なのかというと、どんな食べ物も刺激には違いありませんし、味付けの材料も必要な栄養素ですし、程度によっては味覚を育てるからです。
こんなことを言うと、私はさぞかし素晴らしい味覚の持ち主かと思われるかもしれませんが、そんなこともありません。薄味好みには違いありませんが、それと俗にいう味覚の善し悪しとはまた少し違うようにも思います。この方法を試したからといって、一流のソムリエのような味覚を持てるかといえばそうではないと思います。
10数年前のことですが、イベントの仕事で蕎麦を打って出したことがありました。そこに老夫婦が現れ、奥さんが「うちの父ちゃん蕎麦の産地がわかるんだよ」と申します。冗談だと思い蕎麦を出したのですが、そのご主人は産地を当てたのです。世の中にはすごい人がいるものだと思いました。

食べ物による体の変化
そして、私は大切なのは味覚よりも体だと思っています。はじめに外食した後に体に違和感があったことを申し上げましたが、その違和感をしっかり感じるようになることが大切です。つまり、体に入ってきた好ましくないものに対する感度を上げるということです。
例えば、塩味の濃いラーメンを食べた後に、水をたくさん飲みたくなるとか、ある食べ物を食べた後に強い胸焼けを感じるというような経験をされた方は多いと思いますが、それは好ましくないものに対する体の反応です。二日酔いも同じです。
大酒を飲む方は麻酔の効きがよくないという話を聞きますが、体を守るために、食べたものにしっかり反応する体を作っておくことは大切ではないでしょうか。食後に何らかの違和感があったら原因を突き止め、それを改善することを繰り返してみてください。
味覚が大きな変化を続けていた頃のことですが、素晴らしい食事をすると、体が喜んでいるように感じることがありました。食事の質のいい悪いによって、体が大きな影響を受けるという認識が深まり、できるだけいい食事をしようという方向に心が向かっていきました。
素晴らしい食材を食べて、質のいいもので体を満たしてください。すると体はどんどんいいものを求めるように変化していき、いい循環ができあがります。

食の変化はゆるやかに進めましょう
ここまで読んで、私が淡泊でつまらない食生活を提案しているように感じる方がいるかもしれませんが、まったくそうではありません。より深いおいしさを求めていくのですから、満足感は大きいのです。薄味は無理にするのではありません。気が付いたらなってしまうものです。ほんの少しだけ、例えるなら自分をだますくらいの薄味を日々心がけると同時に、食材も変えていってみてください。添加物のないものや、自然に近い作り方で育てられたものを使うようにしていくことを続けていけば、近い将来大きな変化となって現れます。
硬く考える必要はありません。基本は食べたいものを食べて結構です。脂っこくてスパイシーな料理だってかまいません。食べ物に強い制限を求めると、それが逆に過剰な欲求となり長く続きません。病気による食事の指導等がある場合は別でしょうが、食の変化はゆるやかに進めて行くことが肝心です。
昨今の健康ブームの中で、何かの食事法やダイエット法を実践されている方も多いと思います。健康にいい食材の情報があれば試してみたり、糖質制限を実践してる方も多いのではないでしょうか。
私の味覚を磨くという考え方は、それらと並行しながら進めていけばいいのではないかと思っています。どんなものにも反応しやすい体になると、その効果もわかりやすいはずです。

食に対する考え方は柔軟に
ただひとつ気を付けていただきたいことがあります。それは、食に対する考え方は多様であるがゆえに、場合によっては、思想や宗教のようになってしまう場合があるということです。思想信条がいけないといっているのではありません。イスラム教は豚肉、ヒンドゥー教は牛肉、そしてベジタリアンは動物性のものを食べません。人間にとって思想信条は大切です。しかし、特に思想信条ではなく、ある食材や食事法がいいに決まっているという固定的な考え方によって、食のあり方が膠着してしまってはまずいのではないかと思うのです。
たとえば米や麦等の穀物ですが、日本人は穀物が大好きです。私も大好きで食べますが、しかし糖質やレクチンという面からは避けたり減らした方がいいのではないかという考え方もあります。
何か良さそうな食事法があり、それを試してみることは問題ないと思います。よほど健康に害がありそうなものは別でしょうが、どんどんやってみればいいと思います。それによって何らかの結果がもたらされれば、それはひとつの貴重な経験です。
よくこの食材は体にいいという話を聞きますが、その時々で体に必要なものはあっても、万能的に体にいいものなど基本的にないと私は考えています。
私は、味覚を磨くというのは食の土台だと思っています。その土台をしっかり作り、その上でひとりひとりが、そしてさらに人類全体が、長い年月をかけて、食の本質を模索していけばいいのではないでしょうか。

薄味であなたの未来は変化します
前置きが随分長くなってしまいましたが、私にはやりたいことがあります。それは薄味を広めることです。長年食に携わる仕事をしている中で感じるのですが、世の中には薄味を求めている人がとても多いのです。ふだんお客様と食べ物の話になることがありますが、味が濃いとか食後につらくなるとか胃もたれをすることがあって、行く飲食店が限られてしまうと言われる方がたくさんいます。にも関わらず、私の店も含めてですが、飲食の世界はそういった方たちの要望に十分応えているとはいえません。素晴らしい味覚を持つ人の選択肢がとても狭いのが実情です。
私は味覚に関しては二極化しているのではないかと感じています。健康に気遣い、素晴らしい食材を食べながら薄味に向かい味覚が磨かれていくグループと、世の中に氾濫する強い刺激の食べ物に慣れ、どんどん濃い味好みになっていくグループです。この2つははじめはそれほどの違いはありません。しかし刺激というのは、同じ満足を得ようとすると、どんどん強くなっていくものですから、時間が経つと大きな違いとなって表れます。命の危険を冒してまで濃い味を求めるよりも、本物の食材で豊かな味わいを感じながら健康に向かっていく方向を目指してみてはいかがでしょうか。そして、一人一人が食に対しての意識を変えることにより、より手軽に素晴らしい食べ物が得られるようになるはずです。時間的経済的に難しい場合もあるでしょうが、ことは命の問題です。少しずつでかまいませんので、変えられるところから変えてほしいと思います。
私が食において数多くの方達と語らってきた中で感じていることがあります。それは間もなく食において大きなトレンドがくるのではないかとということです。それは薄味です。
世の中の経済を大きく動かしているのは大企業であることは確かです。マスメディアを使って大規模流通・大量消費を促し、私も含めその流れに巻き込まれています。そして食の安定供給において一定の役割を担っていることも事実です。
しかし、一方で本物指向を強めている人たちも確実にしかも加速度的に増えているような気がしています。
社会に溢れる情報に流されず、自分の味覚と体を使って経験を重ねている人たちは、みんな同じことをいいます。そんな人たちと話しをしていると、必ずと言っていいほど出てくる共通する2つのキーワードがあります。それは、「薄味」と「本物」です。
私の文章をここまで目を通してくださった方ならお気づきだと思いますが、この2つは味覚を磨き、そして健康に至るためには欠かせない条件なのです。どちらが欠けてもうまくいきません。まさに車の両輪のごとくです。逆をいえば、このたった2つのことだけを意識し、実践すれば、必ずや味覚を磨くことができ、健康に近づくことができると私は確信しています。

私はラーメンが大好きです。
小さいころは滅多に外食はしませんでした。時々食べさせてもらう飲食店のラーメンは私にとって夢の食べ物でした。上京してからは、おいしいと聞けば少し遠くても足を延ばして、ラーメンを食べに行ったものです。
しかし、味覚の変化とともに、行けるラーメン屋さんはどんどん減っていきました。現在定期的に行くラーメン屋さんは数えるほどしかありません。その店でも必ず薄味でとお願いします。たまに初めてのお店に入ることもありますが、まず大事なことが、化学調味料が入っていないことです。その上で丁重に薄味をお願いしてみます。しかしです、ただ薄味といっただけでは、私の望む薄味にはなりません。お店の人に失礼だとは思いながらも、びっくりするくらいの薄味とか、味がしないくらいの薄味でとお願いしています。そこまでして外で食べなくてもと思うのですが、食い意地が張ってるものですから、やむにやまれずそんなことをしております。

なぜラーメンなのか
食事に気を使われている方は、「なんでラーメン?」と驚かれるかも知れません。味覚を磨くとか健康のためという意味ではラーメンはいいものかといえば、必ずしもそうではないからです。しかし、塩砂糖等の味付けを薄くして、素材の味わいを感じやすくすることは、食べ物のジャンルを問わずあっていいのではないでしょうか。
私が好きだからといえば話は終わってしまいますが、薄味を表現するにはとてもいいアイテムだと思います。
ラーメンは、主にスープと麺を味わうものです。穀物と動物性のスープが中心ですから、季節感はほとんどなく、どちらかというと、濃い味わいの印象が強い食べ物なので、薄いというコンセプトで作る私のラーメンは一般によくあるラーメンと比較すると、その差がわかりやすいのではないかと思います。

こんなラーメンです
私が作るラーメンはとってもシンプルです。
塩辛いのが苦手で、普段ラーメンを食べない人にも食べていただけるものだと思います。そんな方にこそ食べていただきたいラーメンです。
国産の小麦粉を使い太めに打った手もみ麺で、その他の食材もできる範囲でいいものを使いたいと思っています。スープは透明で、鶏ガラと魚介出汁を合わせます。塩分が薄くて、出汁の味も薄いと、薄っぺらな味になってしまいますので、出汁はある程度しっかり取ります。
チャーシューの肉はイベリコ豚のベジョータランクのものを使いたいと考えています。ベジョータとはドングリという意味ですが、森で放し飼いにされて、ドングリをたくさん食べて育てられたもので、脂肪分が豊富で、とても甘いのが特徴です。ただし、赤身の部分に比べて脂肪分の割合がかなり多いので、脂身の苦手な方には合わないと思います。ただし、あまりにも肉の部分が少なくて脂肪分が多いので、どのようにするのかこれからいろいろ試していく中で、考えていきたいと考えています。あくまで実験的な試みですので、味の度合いや使う食材も変更していきたいと考えています。
ラーメンは「薄味」を基本としますが、たぶん想像以上に薄いと思いますので、いくら何でもと感じた方のために、後からたれを加えて味を調節できるようにしたいと考えています。さらに特別バージョンとして、一切塩味のしない「味なし」と普段私が食べる「薄過ぎ」も出そうかと考えています。私のラーメンの基本は薄味ですから、濃い味の好きな方には合いません。
はじめに一口スープをお飲みいただいて、少し薄いなと感じるくらいだと、最後になると、濃く感じることになる場合があります。ですから、最初はかなりというか結構薄いと感じでも、そのままお召し上がりになることをお勧めします。いくらないんでも薄過ぎだという場合は味を調節してください。最初の一口がちょうどいい塩加減だと、最後は濃すぎることになります。
濃い味のラーメンはガッツリ食べたという感じがするものですが、薄味だとそうはいきません。その代わり、食後にそれほど水が欲しくなりませんし、表現は難しいのですが、体がフワフワと軽い感じがします。是非一度体験してみてください。

USUAJIを広げていきませんか
なぜ今回クラウドファンディングという形でみなさんの協力を募ったのかといいますと、多くの方に薄味の世界を広く知っていただき、さらに、それがいろいろな食べ物のジャンルに広がってほしいと願っているからです。もともとは、薄味好みの人が満足できる飲食店が増えてほしいという思いが出発点なのですが、もしかしたら、「USUAJI」が日本や世界の人たちの健康に貢献できるのではないかと私は本気で考えています。

私の拙い文章があなたの食生活と健康に少しだけでも役に立てたらうれしいです。もしあなたが食をほんの少しでも変えることができれば、それは生産のシステムが変わり、さらに地球の環境を変えることにもつながるはずです。
この文章から何かを感じてくださり、食生活を変えたいとか、さらに食の世界で何か面白いことをやってみたいと思われる方がいましたら、どうぞ連絡をください。すでに飲食店や食べ物に関係した仕事をされている方も何かご協力できることがあるかもしれません。

お店のことを少しだけ
最後に少しだけ現在の私の店について触れたいと思います。もともと骨董や古民家が大好きで、以前は新宿区のはずれの古民家で14年間蕎麦屋を営んでおりました。現在は江戸川区小岩の築60年以上の宮大工の手による古民家をお借りして「カゼトソラ」という蕎麦屋をやっています。季節の野菜のお料理と自家製の干物・自然卵の玉子焼き、そして雪室で数年間熟成させた玄蕎麦を粗く挽いて打った蕎麦をコースとして出しています。週に3日、夜だけの営業で、偏った趣向で選んだ個性豊かな純米生原酒を楽しんでいただくような店です。デザートも出しています。これは妻の担当で、自然栽培(無農薬無肥料)の小麦粉・ブラウンスイス種の山地酪農牛乳・グラスフェッドのバターやチーズ、オーガニックの砂糖・ナッツ・果物・チョコレート等々の材料を使って、バスクのチーズケーキやアイスクリーム・紅玉のホットケーキや焼き菓子などを作っています。西洋のお菓子が中心ですから、こってりしたものが多いのですが、甘さをかなり控えめにして材料の味わいを感じていただけるようにしています。
季節によっては天然の山菜やきのこをお出しすることもあります。薄味の料理ばかりを出しているという訳でもありません。ある程度の塩味がしないと日本酒のあてになりませんので、メリハリをつけているつもりです。

長い文章にお付き合いいただき有難うございました。 
是非薄味の世界の扉を開けてみてください。そこには、食のワンダーランドが広がっているかもしれません。

カゼトソラ 店主